野田聖子の結婚と離婚、現在の夫や事実婚の理由、不妊治療、妊娠から出産の経緯

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第3次安倍第3次改造内閣では、第20代総務大臣に就任し、入閣によって現在注目が集まっている自民党衆議院議員の野田聖子さん。

野田さんが政治の世界に入ったのは今から30年も前の1987年の岐阜県議会議員選挙でした。
この間の経歴を振り返ると、それだけでかなりのボリュームがありますが、野田さんといえば政治以外に、アメリカでの卵子提供を受けての子供の出産という大きな出来事があります。

それは2010年のことでした。
出産前から障害があることがわかっていた息子さんの現在や、これまでの経緯を振り返ってみたいと思います・・・

野田聖子の結婚と離婚、現在の夫や事実婚の理由、不妊治療、妊娠から出産の経緯

野田聖子さんは1960年9月3日生まれの現在57歳です。

政治活動の略歴は以下のようなものです。

昭和 62年 4月 岐阜県議会議員選挙当選
平成 5年 7月 第40回衆議院議員総選挙で初当選。以来連続8期当選。
8年 11月 郵政政務次官
10年 7月 郵政大臣
20年 8月 内閣府特命担当大臣・消費者行政推進担当大臣・宇宙開発担当大臣
20年 9月 内閣府特命担当大臣・消費者行政推進担当大臣・宇宙開発担当大臣
24年 12月 自由民主党総務会長
28年 1月 衆議院災害対策特別委員長
28年 5月 自由民主党岐阜県支部連合会会長(現職)
29年 8月 総務大臣兼女性活躍担当大臣(現職)
野田聖子オフィシャルホームページ http://www.noda-seiko.gr.jp/profile.html

常に話題になるのはやはり郵政民営化に関してですよね。

ですが今日は、野田さんの出産について、取り上げて行きたいと思います。
出産前に遡って、時系列で出来事を追っていきますので、しばしお付き合いくださいませ。

まずは結婚について・夫は誰で離婚とは

野田さんは2001年最初の結婚をしています。

職場結婚なんて言い方をされていますが、相手の方は国会議員の鶴保庸介(つるほ ようすけ)さん。

現在も自民党参議院議員で、2016年には内閣府特命担当大臣として入閣も果たしています。

年齢は野田さんの方が7歳年上で、2002年には帝国ホテルで結婚パーティも行っていますが、二人が入籍することはありませんでした。

夫婦別姓で事実婚だった理由

鶴保議員との結婚は、野田さんが夫婦別姓を主張する立場、一方の鶴保さんは夫婦別姓制度に反対という立場で、入籍はされぬまま事実婚としての婚姻関係が続いていました。

野田さんが夫婦別姓にこだわるには理由があり、それは、野田さんが生まれ育った家の方針によるものでした。

野田聖子さんの父親は舅の養子となっており、野田聖子さんは祖父の養子となっています。
これは野田聖子さんの父親の舅には男の子がいなかったこと、野田聖子さんの父親に兄弟がいなかったことが原因です。
野田聖子さんの父親は舅、野田聖子さんの祖父ともに自らの姓を残すためにこのように複雑な養子縁組を行ったのです。
アスネタ – 芸能メディア- http://asuneta.com/archives/16581

つまり、野田さんの実の父親が野田家に婿入りし、兄弟が生まれなかったために野田さんが直径となって野田姓を継ぐことになった、ということのようです。

ご本人もブログなどで跡取り娘という言葉を使っていますが、もしかしたら野田さんが子どもを産むことにこだわったのもこういった家庭要因があったのかもしれません。

自分が好きな夫は野田姓になってくれない。
じゃあ野田姓を継ぐ人を産まなければならない。

そして結婚当時40歳だった野田さんは、不妊治療へと進んで行くのですが
“今用意されているカードで、自分が望む結果を得るには?”
そう考えたのでしょうか。
行動力の強い政治家らしい方に思えます。

野田さんは2004年に『私は、産みたい』という著書を出版されていますが
この本のレビューを読むと傲慢という感想を抱いた方が多いようです。

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そして元夫と離婚

鶴保庸介議員との事実上の婚姻関係は、2007年に解消されます。

離婚の理由は、2010年に鶴保議員が女性セブンの取材に対し不妊治療が離婚理由のひとつだったと答えています。

余談ながらこの鶴保議員、2016年の週刊ポストによれば、野田さんとの事実婚解消後、2011年ごろに知り合った18歳年下の女性と交際、2013年には相手の女性が妊娠。

しかし、女性の方の強い要望がありながら、二人が入籍したのは子供が生まれる3週間前になってようやく。
しかも、鶴保議員の入籍の条件が、相手の女性に婚姻届と離婚届を一緒に書くことだったそうです。

そして、その2か月後、鶴保議員は妻に断りなく離婚届を提出したとのこと。

この離婚届は前もって妻側が出しておいた離婚届不受理申出書によって不受理とされたそうですが、その後、妻側も考えを変えて離婚することに。

協議離婚を経て取り決めた養育費は、現在支払いが滞っており、鶴保議員の別れた妻は、シングルマザーとして男の子を育てているということです。
鶴保庸介沖縄・北方担当相が捨てた18歳年下妻と2歳の息子 https://www.news-postseven.com/archives/20160819_440091.html

少し不思議な方のようにも思えますが、何があったのかはご本人のみぞ知る事なのでしょう。

さて、では野田さんの現在の夫とはどのような方なのでしょうか。

現在の夫は前科のある韓国人という噂

野田聖子さんが元夫の鶴保庸介議員と別れた後、出産に至るまでのどの段階で現在の夫と出会っていたのか、詳細は明らかになっていません。

野田さんが出産後に二人は入籍しており、木村姓だった夫は現在野田姓を名乗っていますので、現在の名前は野田文信さん。


年齢は現在49歳です。

以下は、公式な発表ではありません。

・夫は在日韓国人で結婚前の本名は金文信さん
・韓国料理店のオーナーをしていた
・有線電気通信法違反の疑いで逮捕されていた

以上は週刊文春の記事が元になっているとのこと。

逮捕と言っても罰金刑ですし、韓国人だということも、一般的になんら問題があるわけではないのですが、野田さんが政治家ということで話題になる事柄ですね。

野田さんが大事にされていた姓の問題でいえば解決されたわけですが、跡取りと野田家存続の問題は、今後どのようにしていくのか、気になるところです。

いずれ養子を迎えることを踏まえた入籍、なのかもしれません。

さて、次は野田さんが出産するまでの経緯を見ていきましょう。

妊娠と出産の経緯について

元夫と結婚した頃、野田さんは40歳でした。
現在、高齢出産は35歳からなので、40歳で初産となると少し厳しい年齢です。

夫婦は不妊治療に臨みます。

しかし、元夫の鶴保議員が離婚理由にこの不妊治療をあげていることからも、夫婦にとって、特に夫にとって大きな負担だったことは想像できます。

子供を欲していた野田さん自身でさえも、不妊治療で人工受精手術を受けるたび、ホルモンバランスの関係で具合が悪くなっていたそうなので、苦しい思いをしていたのでしょうね。

体外受精14回、流産8回

野田さんが臨んできた不妊治療は、10年の間に体外受精14回 流産8回だそうです。
野田聖子 体外受精14回 流産8回 http://nozawa22.cocolog-nifty.com/nozawa22/2010/08/50-62fc.html

野田さんの公式ブログのアメブロには、2月22日に流産した男の子の「ねお」くんという子の話が出てきます。

ねおって誰?と思われる方も多いようですが、このねおくんという子について、2010年2月22日のブログで

ノダにとっては2月22日は特別な日。

流産したこどもの命日、です。

「ねお」と名付けておりました。

ずいぶん前のことだけど、まだまだ涙がにじんでしまう・・・
http://www.himeco.jp/blog/2010/02/%EF%BC%92%EF%BC%92%EF%BC%92%EF%BC%92%EF%BC%92.html

このように書かれています。

ねおくんという子を流産したのが何年の出来事かはわかりませんが、多くの辛い経験を乗り越えてきたことがわかります。

そしてようやく妊娠したのが、50歳の誕生日を迎える2010年、妊娠年齢は49歳でした。

不妊治療の体外受精14回、流産8回のうち、体外受精13回と8回の流産は、鶴保議員との事実婚の間のことです。

年齢的に50歳に近い野田さんの卵子では、受精が難しく、その上卵管閉塞があることがわかり、野田さんは自分の卵子を使っての妊娠は断念します。

そして挑んだのが日本では認められていない妊娠方法でした。

アメリカでの卵子提供で体外受精

2010年5月、野田さんは日本では認められていない有償による卵子提供をアメリカのネバダ州で受け、アメリカ人女性の卵子提供を受け、現在の夫である木村文信さんとの精子で、体外受精を行いました。

費用は約500万円とのこと。

誰にでも可能なことではありませんね。

2010年5月前後の野田さんのブログは頻繁に情報発信されていましたが、この件に関しての記載は一切なく、後になって渡米は国会開会中の海外医療観察名目だったことがわかり、話題にもなりました。

そして2010年8月週刊新潮で妊娠15週であることを発表
ここまでが野田さんの妊娠経緯です。

妊娠過程では

2010年9月に50歳を迎えた野田さん。

ブログを追っていくと、妊娠中で、しかも安定期に入っていない時期でもありながら、大変な活動量が見て取れます。

その中にちらほらと妊娠中のしんどさや自炊などをして体を気遣う記述などが見られますが、10月には絶対安静を医師に指示されています。

この時、こんなことがありました。

10月26日の朝、野田氏は大量出血して病院に運ばれ、そのまま出産までの2か月半、入院生活を送ることとなった。
NEWSポストセブン https://www.news-postseven.com/archives/20110305_14121.html

2010年11月には、妊娠8カ月に入り、しかしこの頃はまだ、切迫早産の危険はあっても、高齢によるリスク症状は出ていなかったとのこと。

まだ、高齢リスク症状は、ない。
でも、主治医によると、これから、なんだそう。
天に祈るばかりなり。
公式ブログ http://www.himeco.jp/blog/2010/11/%E5%85%AB%E3%81%8B%E6%9C%88.html

翌12月の日記では、入院中、早産予防ウテメリンという薬を24時間点滴していることを明かしています。

ちなみに野田さんが出産した病院ですが、公表はされていませんが、テレビで放送された病院の外観や病室から東大病院だろうと言われています。

東京大学医学部附属病院女性診療科・産科 / 女性外科
〒113-8655 東京都文京区本郷7-3-1
http://square.umin.ac.jp/tkyobgyn/

最近だと、小林麻央さんが入院していた病院ではないかとも言われていますね。

2011年1月4日のブログでは妊娠の状態についてこのように伝えています。

ひとつ、羊水過多。
5リットルぐらいある。
だから、胃と肺と肋骨が押されて、くるちー
ふたつ、栄養不足。
胃が押されるから、食いしん坊ノダ苦戦。
みっつ、妊娠高血圧。
ついにきた!
名医のご判断にて薬飲んでます。
公式ブログ http://www.himeco.jp/blog/2011/01/%E5%B9%B4%E6%9C%AB%E5%B9%B4%E5%A7%8B%E7%B7%8F%E6%8B%AC.html

妊娠中から胎児には

前述した女性セブンの記事が伝えるところによると、野田さんが妊娠を公表した8月には、胎児臍帯ヘルニアがあることがわかっていました。

この、臍帯ヘルニアとはこのような病気です。

臍帯ヘルニア
胎児のおなかの壁は,お母さんの子宮の中で胎生早期(3~4週)に作られますが,それが正しく作られないとおなかの壁に穴ができてしまい,赤ちゃんはへそ の緒(臍帯)の中に胃や腸,肝臓などが出たままの状態で生まれてきます.これを臍帯ヘルニアといいます.
日本小児外科学会 http://www.jsps.gr.jp/general/disease/ms/ofemzm

それだけではなく、母体にも影響が出始めました。

10月には子宮頸管の長さが通常より短く縮まり、子宮口が柔らかくなるといった母体の異変も生じた。
NEWSポストセブン https://www.news-postseven.com/archives/20110305_14121.html

そして、それだけでは終わりませんでした。
次は、胎児の心臓に疾患があることがわかります。

そんな彼女に、さらなる子供の異変が突きつけられた。すでに発覚していた臍帯ヘルニアの他に、心臓疾患が見つかったのだ。心臓に穴があいており、本来2本ある心臓に繋がる血管が1本しかなかった。そして複数の疾患を併発していることから、子供が染色体異常である可能性が高まったとの説明も受けた。最悪の場合、生まれてきてもどれだけ生きられるかはまったくわからないとも…。
NEWSポストセブン https://www.news-postseven.com/archives/20110305_14121.html

この出産前の病気について、野田さんはこのような判断を下したそうです。

妊娠初期に胎児の重大な奇形が判明するが、「どっちにしろ産むから」と精密検査を拒否した。
NAVERまとめ https://matome.naver.jp/odai/2136699167871530301

 

妊娠初期の段階で、生まれて来る子供が重い病気を持っていることがわかっていても産むという決断をした野田さん。

ついに出産の日が訪れました。

ついに出産

そして2011年1月6日
とうとう野田さんは出産を体験します。

予定日より1か月以上早かったのは、これ以上は危険が大きすぎると担当医が判断したためでした。

出産年齢50歳。
出産方法は、帝王切開でした。

本日、午前9時31分、帝王切開にて出産いたしました。
長年の念願であった家族を持つことが叶い嬉しいです。

男児。体重2154グラム。
予定日よりも1ヶ月ちょっと早まったので、
息子はしばらくNICUにお世話になることになりました。

ノダの方は普通です。

早まった理由は、高齢妊婦ノダのリスク回避のためです。

前述した通り、いくつかのトラブルが発生していましたが、
とどめを刺したのは肝機能の数値の悪化でした。

どれだけ飲んでもビクともしなかった肝臓が、薬の副作用で悪くなってしまい、
放置しておくと胎内の子どもにも影響を及ぼすというドクターの賢明な判断により、
かなり早めでありましたが、出産させていただきました。
公式ブログ http://www.himeco.jp/blog/2011/01/%E5%87%BA%E7%94%A3%E3%81%AE%E3%81%94%E5%A0%B1%E5%91%8A.html

子宮摘出

生まれて来た子供については別途続きの記事を書かせていただきますが、
卵子提供で2人目、3人目も行くと言っていた野田さんですが、この時の出産で子宮摘出となってしまいました。

子宮摘出というのは、女性にとって、たとえ年齢がいくつであろうと辛いことですね。

これについてはブログで政策担当秘書の方がこのように説明しています。

1月12日に退院し、自宅静養をしておりましたが、時々出血がありそれに伴う貧血状態が続いておりました。
産後の一般的な症状と考えておりましたが、18日に検診した際に、子宮内に血の固まりがあることが判り、翌19日に処置のため再入院いたしました。
しかしながら処置後も出血の症状が認められた為、21日に今後の治療につき、主治医から内科治療、外科治療を含め、いくつかの提案を受けました。                   夫と相談した結果、母体の早期回復のために医師の提案の1つでありました外科治療を決断し、当日に緊急手術を受けました。
公式ブログ http://www.himeco.jp/blog/2011/01/%E3%81%94%E5%A0%B1%E5%91%8A.html

 

親も子も大きな犠牲を払っての出産。

野田さんの出産について多くの批判が集まっていますが、最後に野田さんがなぜこのような形を取ったのかを伝えておきます。

ほかに方法がなかった

多くの批判を受けている野田さんでしたが、中には養子を取ればいいことという意見もありました。

また、国会議員という立場で、日本で認められていない方法を選択するということの是非についても、批判的な意見が多く見られました。

子供は無理やり金持ちのエゴで障害を持って誕生させられた
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1390471048?__ysp=6YeO55Sw6IGW5a2QIOS7o%2BeQhuWHuueUow%3D%3D

とても厳しい意見ですね。

出産から一年後、インタビューに答えて野田さんはこのように語っています。

訪ねた乳児院で、親に放り投げられたという赤ちゃんを見て「もらえませんか」と頼んだ。でも、まず年齢制限で駄目。当時、事実婚だったことも理由にされた。いくつかの団体に断られ、思案して思案して(卵子提供に)行った。自分に残された子どもとの出会いはそれしかなかった。
47NEWS http://www.47news.jp/feature/woman/womaneye/2012/03/post_20120305155228.html

このように野田さんは、他に方法がなかったことを語っています。

ある医師は、アメリカで受けた卵子提供は、おそらく若い女性の卵子をもらっているはずなので、病気との因果関係はないとコメントしていますが、一方で別の医師は、このように語っています。

野田さんの場合は、年齢と赤ちゃんの病気には因果関係はないかもしれません。しかし、母体が高齢であると、血管の老化で血圧が上がってしまったり、妊娠性高血圧症候群という病気になりやすいんです。
NEWSポストセブン https://www.news-postseven.com/archives/20110305_14121.html

多くの批判、しかしまたその一方で、野田聖子さんに力を貰ったという方もいるのだと思います。

代理出産を選択した向井亜紀さんも多くの批判と応援を受けていますが、野田さんの選択の是非を問うても、すでに子供が生まれている今、何を言っても生まれた命を守る以外の選択肢はありません。

次の記事では、野田さんのお子さんについて書いていきたいと思います。

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