ピンクレディーのケイ(増田恵子)の現在?旦那や病気は?子供はいる?ミーは今?

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音楽番組の特番でピンクレディーを見ると
思わず一緒に踊ってしまうのは
1970年代育ちあるあるでしょうか。

二人のデビュー曲は1976年にリリースした
「ペッパー警部」はミリオンセラーに。

ここから一気にスターの階段を上がって行きます。

さて、そんなピンクレディーといえば
髪型がショートカットのミーちゃんと
ロングヘアーのケイちゃんですが
デビュー当時の年齢は18~19歳と
今から思うと結構大人になってからですね。

結婚や子供についてなど、ピンク・レディーの
それぞれの女性としてのその後の人生を取り上げて行きますが
今日はまず、ケイちゃんの方からお伝えしたいと思います・・・

ピンクレディーのケイ(増田恵子)の現在は?

社会現象となったピンクレディーのケイちゃんは
1957年9月2日生まれでデビュー当時は19歳。
当時の画像を見ると、やっぱり大人びた顔をしていますね。

身長166cmもあったミーちゃんの隣で
少し低い、身長163cmのケイちゃんが並びますが
時代から考えたら、二人とも背が高いですよね。
けいちゃんは細いので、余計背高に見えます。

すらっとして足が長くて、
当時発売されて大人気となったピンクレディー人形と
ほとんど変わらないスタイルです。

1976年に出したデビュー曲がミリオンセラーで
彗星のように現れたかと思ったら、
2曲目の『S・O・S』、3曲目の『カルメン’77』
ほか『UFO』や『サウスポー』など


曲のタイトルだけで曲、歌詞、振付に衣装まで浮かぶような
名曲の数々をリリースしましたが
残念ながら1981年には解散。

意外に活動期間は短く、解散までの活動期間は
なんと4年7ヶ月でした。

パッと出てきてパッと散った
花火のような二人ですが
解散後はミーちゃんもケイちゃんも
それぞれソロとして活動します。

『増田けい子』に芸名を改めて出した曲は
中島みゆきさん作詞作曲の『すずめ』でソロデビューし
松任谷由実さん作詞作曲の『ためらい』がセカンドシングル
竹内まりやさん作詞作曲の『らせん階段』を三枚目に出し
続いて桑田佳祐さん作詞作曲による『女優」と
そうそうたるアーティストから楽曲提供を受け
27万枚近く売れた『すずめ』は今でもYoutube動画などで
注目されています。

ちなみにこの『すずめ』ですが
Wikipediaによると、最初に聞いた時
歌詞が凄く暗くて、自殺しちゃうんじゃないかというくらい暗くて
と後に語ったそうです。
どんな歌詞なのか、ますます興味がわきますね。

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女優としても活動してましたよ

1981年のピンクレディー解散後からは
テレビドラマで女優としても活動します。

出演はいわゆる2時間劇場もののドラマが多く
火サスや時代物など多くの作品に出演しました。

少しの間芸能界をお休みしていた時期もあったようですが
1989年からはフランスでもアルバムをリリース。

実はピンクレディーも海外で活躍したアーティストですが
増田恵子さんのフランスデビューはすごいなと思いますね。

その後、再び日本で女優活動も行いながら
現在ではタレントとしてもバラエティ番組などに出演しています。

ちなみに、年齢は現在60歳です。
そんなケイちゃん、結婚や出産はどうしたのでしょう?

旦那や子供はいる?

ピンクレディーのケイちゃんが旦那さんを貰ったのは
ソロの増田恵子として活動してからもずっと後の事でした。

結婚は2002年6月23日。
この時の年齢は44歳。誕生日が来て45歳という年齢です。

結婚した相手は『ギルド・ジャパン』という
音響会社の社長さんで、桑木知二さんという方です。


夫の画像を見ると、痩せていてクールな印象です。

馴れ初めはCMでということですが
ケイちゃんの旦那さんは、森永のCMで受賞歴もある
優秀な音響ミキサー技師ですが
当ブログでも取り上げたレベッカのNOKKOさんが
同じように旦那さんが音響技師をしていますね。

結婚後、夫が自己破産などの辛い時期もありましたが
離婚などはなく、現在も変わらず夫婦生活が続いています。

出産はしなかった?

先ほどお伝えしたように、増田恵子さんの結婚は
44歳という年齢だったためか子供はいないようです。

不妊治療をしていたのではと書いた記事もありましたが
本人から伝えられていることではありません。

元彼は野口五郎さん

ところでケイちゃんといえば
ピンクレディー時代に、恋愛話がありましたよね。

有名な恋人の名前は野口五郎さん。

現在、奥さんはタレントの三井ゆりさんですね。
覚えていますか?

三井ゆりさんと野口さんが結婚したのが
2001年ですので、その後でケイちゃんが結婚したのを思うと
お互い、なんとなく長い間、結婚しないでいたのでしょうね。

野口さんは他にも斉藤慶子さんとの噂も有名で
恋多き男性であったことは間違いないようです。

後に、バラエティ番組でこの恋愛についてケイちゃんが
すぐにバレちゃったなんてことを
コメントしていましたが、ばれたら
きっと周囲が認めなかったと思いますし
別れさせられたと思うと切ないですね。

その他、当時のケイちゃんには整形などの黒い噂も
囁かれることがありましたが、事実無根ですね。

病気は?

先ほども伝えたように、現在の年齢が60歳の増田恵子さん。


病気のひとつやふたつ、あってもおかしくないですが
ケイちゃんも、病気に苦しんだ時期があったようです。

増田惠子の病気って

それはピンクレディーが解散したあと
けいちゃんが女優としても活躍し始め
大林宣彦監督がメガホンを取る映画『ふたり』で
スクリーンデビューという輝かしいタイミングで
病に侵されました。

1991年、ケイちゃんは当時年齢34歳
病名は『バセドウ病』です。

その時の様子は、こちらの記事に詳しく書かれていますので
引用させていただきます。

しかし念願の映画撮影の時、バセドウ病の前兆が現れた
カクテルグラスを持って乾杯するシーン
これまで経験したことが無いほどの震え、
手に力が入らず、上手く持てない
何度やっても手の震えが止まらない
バセドウ病の症状の一つで、ひどくなると文字も書けなくなるほど
さらに座ってメイクをしていた時、
まるで全速力で走った後のような激しい動機
芸能情報 http://geinou.myblogs.jp/%E5%A2%97%E7%94%B0%E6%81%B5%E5%AD%90/

その後、ケイちゃんは異常な寝汗異常な食欲
そして疲労感に苛まれます。

しかし、ケイちゃんは病院に行くことはなく
そのまま3年間も隠し通したそうです。

しかし、症状に耐えがたくなりついに病院に行きます。

その後、投薬治療と通院で症状は良くなりますが
結婚の翌年の2003年に、ピンクレディー復活の話が持ち上がります。

その時の様子は、このようなものでした。

そんなケイにピンク・レディー復活の仕事が舞い込む
予定は2年間で100本、40代の身体には負担の大きすぎる仕事だった
ファンの期待を裏切らないため、激しいダンスの振付に挑み、
体を酷使、疲労を蓄積させていく
そして落ち着いていたバセドウ病が再発した
復活コンサートの記者会見では、首の腫れが目立つように
そのまま病を患ったままコンサートが開催された
激しいダンスを踊るケイの首は、大きく腫れあがっている
バセドウ病を決して口に出さなかったケイは、
ツアー終了後、もはや隠せない状態にまでなっていた
同上サイト

この時のケイちゃんの首の膨らみは
誰が見ても異常がわかるものだったそうです。

それでも彼女は、ずっと病気を隠したまま
コンサートをやり遂げます。

そしてツアーが終了した時に
ご自身のブログで病気を公表しました。

プロ根性というか、頑張り屋というか、
すごく無理をしてしまうタイプの人なんですね。
真面目な性格なのかもしれません。

結婚をしていて、ご主人が闘病を支えてくれたのは
ケイちゃんにとってもファンにとっても
よかったことですね。

バセドウの他に難聴やメニエール病も

2013年、56歳の時にケイちゃんは
メニエール病にかかったことを公表しています。

メニエール病はめまいや難聴
耳鳴りなどの症状が出る病気ですが
記事によるとケイちゃんは20代のころに
突発性難聴』を経験しており
2010年にも同じように突発性難聴になりましたが
この時も半月近く放置したそうです。

その結果、メニエール病を併発してしまったようで
バセドウ病の時もそうですが
どうしても放置してしまうようですね。

放っておけば治ると思うのか
病院に行くのが怖いのかわからないですが
年齢を考えても、体を大事にして行ってもらいたいですね。
昔から今も、ケイちゃんといえば痩せすぎの代名詞みたいなので
もう少し太ってもいいのではないかと思いますが
体質によって太れない人もいますので
ケイちゃんもそんな体質なのかもしれませんね。

ぶっちゃけ、年取ってきたら、贅肉であっても
多少肉が付いている方が、健康ですし
病気にも強くなります。
痩せていて寝たきりになると
すぐに褥瘡ができてしまいますからね。
意識して太りたいところです。

現在のケイちゃんは、おそらく体調を気遣いながら
芸能活動を無理のないペースで行っているのではないかと
多くの記事が伝えていました。

ミーは今?

2017年の24時間テレビでは
スペシャルドラマ『時代を作った男、阿久悠物語』が
放送されました。

そこで、ピンクレディーの出番となり
テレビにはケイちゃんとMAXだけが出ていましたね。

ミーちゃんは現在、何をしているでしょう。

ピンク・レディー解散後は『MIE』として
ミーちゃんもソロとして活動しています。

シングルやアルバムも数多くリリースしていて
名前も『MIE』から『未唯』へ
さらに『未唯』から『未唯mie』へと改名し
1984年の歴史的名作『不良少女とよばれて』の主題歌
NEVER』はドラマ人気と相まって、ヒット曲となりました。

そういえば一時期、『アニメタルレディー』なんてことも
やっていたなあと思い出したのですが
この時に出会ったプロデューサーの佃淳三さんと
1998年に結婚しましたね。
6年後の2004年には離婚してしまいましたが。

また、女優としても活躍しており
単発ドラマやサスペンス、ワイド系が多いですが
テレビはここ最近、あまり出演していないようですね。

オフィシャルサイトを見ると
ライブ活動の予定がアップされていますので
現在のスケジュールも確認することができます。

そういえば不仲説もあったね

グループが解散すると必ず付いて回るのが不仲説ですが
ミーちゃんとケイちゃんも、やはりこの不仲説があったようです。

理由とされているのは、先ほどもお伝えしたように
ケイちゃんの野口五郎さんとの恋愛が原因
解散の理由は、ケイちゃんが野口五郎さんとの結婚を希望し
ミーちゃんがそれを受け入れ、解散となったものの
実際には二人は結婚せず、ケイちゃんは「ソロで活動してるやんけー」と
二人の間に確執が生まれてしまったと伝えられています。

二人は中学生からの同級生で付き合いも長いですし
いろいろなことがあったのだろうと想像します。

それでも24時間テレビ、間違いなくオファーは
ミーちゃんにもあったはずですので
再結成の姿が見れなかったのは、残念ですね。

この記事のまとめ

・ピンクレディーのケイ(増田恵子)の現在は?
ピンクレディー解散後、ソロとして活動し
中島みゆきさんによる楽曲『すずめ』は27万枚近く売れました。
また、歌手としてはフランスでもデビューを果たし
日本では女優としての活動も行っていました。
現在も24時間テレビに出演するなど、芸能活動は続いています。

・旦那や子供はいる?
ケイちゃんの結婚は2002年6月23日。結婚年齢は44歳でした。
相手は『ギルド・ジャパン』という音響会社の社長さんで
桑木知二さんという方。
双方ともに結婚年齢が高く、子供はいないようです。

・病気は?
1991年、34歳でバセドウ病を発症します。
3年間放置し、症状がひどくなって病院に行き、
投薬と通院治療で改善しますが、2003年の
ピンクレディー復活により再発。
ツアーが終了後に、ブログで病気を公表しました。

また、20代で突発性難聴、2010年にメニエール病を患い
2013年にメニエール病を再発しています。
体調を気遣いながら芸能活動を行っていると思われますの。

・ミーは今?
ピンク・レディー解散後は『MIE』としてソロとして活動をスタート。
シングルやアルバムも数多くリリースし、女優としても活躍しました。
現在は名前を『未唯mie』へと変え、
ライブ活動をメインに行っているようですが
オフィシャルサイトで、スケジュールやチケット情報が確認できます。

最近は安室奈美恵さんの引退宣言がニュースになりましたが
当時、ピンク・レディーの引退も大きなニュースでした。
節目節目でテレビ出演をされていますので
これからの活躍も期待したいですね。
それにしても芸能人ってすごいですよね。60歳になってあの美しさ。
何歳まであの振付を踊ってくれるのか、それも楽しみです。

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